月時雨の中を出で立ち、
森の向こう側にあるまだ見ぬ景色を目指す旅
月明かりに照らし出された木の葉を鳴らす生温かい風、
その湿った夜風は私をあおるように通り抜けた
つぶてのように鳥たちが舞い上がり、
泡となって儚く消え去ったものが心をよぎる
人は迷いの生死を重ねてとどまらないけれど、
目の前の何百年何千年を生きる樹々たちは、そんなことはお構いなし
風とぴったり息を合わせ、このでこぼこ道を進んでいけば、
心の内の幻影も、ほんの少しずつ昇華されていくのだろう
優しい陽の光に手をかざし、今日もゆっくりとこの道を歩く
Yoko Kobayashi
........................................................................................
数日前、機会あって2020年のsolo album「BEYOND THE FOREST」を引っ張り出した。
このアルバムに寄せた上記の私自身の言葉を見て、「そっかぁ、そう言えばそうだったよなぁ」と、文章の中の私の胸の内はすっかり過去のことになっていることに驚いた。
この文章の中には、収録曲のタイトル(全9曲)が隠れている。
piano solo.......私個人の迷いの塊、答えの見つからない旅という身勝手な行動に誰かを巻き込む訳にはいかず、必然的にpiano soloとなり、この旅をしなければ私は先に進めないという状況下、コロナ禍にも関わらず敢行したのだった。
recordingが終わっても、森の向こう側の景色を見ることは出来なかったけれど、時が経ち(2020年releaseだから4年が経ったのか)その向こう側の景色は知らない間に見えていたんだと驚く。
そして今も変わらず想う音楽に向かって、ゆっくりとだけれど進んでいっていることに、乾杯でもするかといったような気持ちだ。
私は幸運にも、復帰後毎年それぞれリーダーアルバムのレコ発をやらせてもらっていることになる。今年も既に年頭に再発売記念LIVEを終えている。とても不思議だ。どこにそんなエネルギーが残っているのか自分でもよく分からない。
そしてTone Momentum / 津上研太as 小林洋子ds でのrecordingを今年秋に行うことが決まった。必然的に来年には発売記念LIVEをやることとなるだろう。何ということだ。
生きていく上で楽しいこと、楽しみにしていることはたくさんあった方がいいに決まっている。
自己UNITである「TEAM TUCKS 」と「THE DREI 」でも、その音楽をいつかアルバムに収めたいと強く思う。それだけメンバー皆の音楽が大好きなのだろう。
心身共に健康であることも維持したい。
言うまでもなく一つ一つのLIVEもとても大切なもの。故に昨年後半から極力LIVE間隔を空けているのだけれど、そのペースは私には合っているみたいだ。
一つLIVEが終わったら、次のLIVEまでの準備期間はとても大事で、物理的にも精神的にも私にはどうしても必要なものだと気づく。
最近、登校拒否の中高生の特別レッスンも受け持っているけれど、彼女らは皆ピアノに向かっている時だけは目がキラキラしている。
これまでのピアノの先生方々は何人もクビになったらしいけれど、何故だか私はOKなのだそうだ笑
教えるというより、一緒に楽しんじゃってるからなぁ、何かをテーマに即興をやってみせると、驚かれるし何よりワクワクするそうだ。そんな時間も私にとっては中和剤のようなものなのかもしれない。バランスもいいのだろう。
心に傷を負う彼女たちには、将来人に寄り添える力を養っていってほしいと願うことしか出来ないけれど(私自身は人に寄り添えているかどうか怪しい)でも少なくとも音楽って楽しいものだよねって共感できていると信じたい。一緒にケラケラって笑って、ああでもないこうでもないって言葉を交わしているもの。
こんな経験も、今の私には貴重なのかもしれない。いえ、今だから出来ることなんだろう、とも思う。
話が少し逸れてしまった。
思うことは、第二の音楽人生が始まってから今日まで、充実した毎日を送れているということ。
ただ日本でも、もっと普通にLIVE音楽を楽しんでもらえるようになればいいなと思うけれど、無理な話なんだろうか?
コロナ明けのインバウンドでライブハウスが外国人でいっぱいになったのは、彼らにとって生の音楽を聴きにいくことにハードルはなく普通のことだからだ。
「今日はこれから一杯やるか」とか「今晩は外食にしようか」みたいに。
ヨーロッパなどでは、小さな子供がいる夫婦でも、偶にはゆっくり夫婦で出かけられるように、ベビーシッターやチャイルドマインダーなど利用し、夫婦で劇場に足を運んだり、生の音楽を聴きにいく人も多いけれど、日本では無理なんだろうな。そんな文化はない、そんなことしたら逆に非難を浴びそうだ。
LIVE音楽にどうしたらもっと興味を持ってもらえるのか考えない日はないけれど、私自身が演りたい音楽、私自身が聴きたい音楽を作っていくという不器用な考えだけはずっと変わらない。
今日はあの人の演奏を聴きたい、明日はこのBANDを聴きたい、と思う音楽と、私が(自身のLIVE時に奏でる音)聴きたい音楽は別物だけれど、演奏スタイル等とは関係なく感銘を受ける全ての音楽の奥底には、共通したあるものが存在している。
それを言葉で表すのは難しいけれど、それが何なのか、腑に落ちた日も最近のこと。
音楽を続けていられる内に、その何かを理解し感じ取ることができたことはありがたいことで、まるで宝くじにでも当たった気分だ。
さてさて.....こうして私はよく他愛もないことを綴っているけれど、どうも、こんな他愛のないことへの思いの行き場が見つからず、こうやって時々文字にしないと段々心の中が窮屈になってくるようだ。
本日も新たに曲ができた。もしかしたら、曲を作ることと文字で綴ることは私にとって同じことなのかもしれないとふと思う。
その集大成として実際に音を奏でることが一番向こうにデーンと構えているのかもしれないって。
よく考えるとほんと怖いことだよな。
音楽に出会えていなかったらどうしてたんだろ。
.............と自問自答タラレバ話で夜は更けていくのでありました。
2024.02.08(thu.) 23:00
Commentaires