呼吸の再接続
- yoko kobayashi
- 2月23日
- 読了時間: 3分
2022年末、10年という時間をかけてジストニア(dystonia)は確かに完治しました。
それでも、楽器との間にある違和感のようなものに向き合い、試行錯誤の結果、椅子の高さを40cmまで下げ、一言で言えばピアノとの一体感を感じられるようになりました。
それでもほんの少し、以前とは違う感覚、ピアノを前にした時の心持ちが以前と微妙に違うことは分かっていました。
違うと言っても、以前ピアノを前にしたときの心情がどんなだったのか、もう思い出せません。ただ、確かに「何か」が違うことだけは分かります。
ここ何年もプレイバックを聴き続け、以前にはあり得なかったことが起こっていて、何が原因なのか考えたり、カウンセリングを受けたり、音大の講師をしている友人のピアニストに相談したりしていました。
筋肉と脳の関係などにも注目して、体幹を鍛える運動を心がけるべきかなど、、、
でも不思議なことに、皆同じ答えが返ってきました。
ジストニアを経験すると
動きを細かく監視する癖、崩れを恐れる微緊張
が無意識に残るのだそうだ。
さてここから山場という時は特に
「失敗してはいけない」信号が出やすい。
すると脳はこう判断する
「動きを安定させるために固定しよう」と。
しかし音楽では
固定=呼吸停止=身体が緊張する
腕は脱力しているつもりでも、身体全体が緊張していては元も子もない。
演奏は楽しくできている。だけれども無意識下にある呼吸停止は大きな問題です。
守ろうとする神経の働きすぎなんだそうだ。
体幹強化よりも呼吸の再接続が先であるということが分かりました。
10年の間に見えなくなっていること(忘れてしまっていること)、これがはっきりしただけでも大きな収穫です。
むしろ私は今、神経が敏感で反応が速く、エネルギーがあるから、だから起きていること。
少し興味深い話ですが、演奏の山場に来るとベースのライン、ドラムのゴーストノート、シンバルの揺れなど情報量が急増し、脳は同時処理を避けるため、拍の縁取りを削る、
これがぼんやり感なんだそうだ。
身体は緊張して脳はぼんやりなんて何ということ。でも腑に落ちたような気もします。
音楽の事を考え、音楽に向かい、創造し、今、努力するエネルギーがあるのは自分でも分かります。
今はそのエネルギーを整流する段階にいるだけなんだと指摘を受け、光が見えてきました。
音楽そのものは確かに進化している。けれど微かに感じる演奏中の感覚の違和感は、このところの私の悩みでした。
体力的な衰えかと思うこともあるし、まぁそれもあるんだろうと思います。
瞬発力は仕方がない、誰でも衰えるけれど、体幹を鍛えることは可能です。
しかし、これは衰えではなく、音楽性の進化に身体が追いつこうとする過程なのだと。
4拍吸ったら8拍で吐く、そのくらいの呼吸で。
今は「線と点の再統合期」。
言葉では理解できる気がするけれど、まずは日々の練習の中で呼吸を最優先にすること。
微かに残る違和感を、呼吸によってほどいていくこと。
そして呼吸によって拍頭の輪郭を、脳にもう一度学習させること。
「これはジストニア経験後の音楽家としての深化のプロセスです」
その言葉に、私は救われました。
呼吸の中に、もう一度音楽を通していきたい、そう思います。




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