霜枯れ時の

昨年リリースされたCD「Nearly Dusk」に収録されている「木の芽時の」 この「木の芽時の」という曲を裏曲とするならば、当然表となるがある。


それがCD「LITTLE THINGS」に収録されている「霜枯れ時の」

20年の時を経てもなお、「霜枯れ時の」を忘れずにいて下さった木山茂氏の、

私にとってとても感慨深い記述をご紹介したいと思います。

そして、改めてベーシスト吉野弘志氏、ドラマー堀越彰氏に感謝いたします。


〜音楽から見えてくる風景 風景から聴こえてくる音楽〜 第一回目  挿絵の左は、かの有名な国宝“松林図屏風”である。購入したミニチュア模型には、中村渓男氏の見事な解説が添えられている。


 “小雨まじりの濃い霧が松林をつつむ。この絵はその瞬間を写しているだけではなく、ゆるやかにしっとりとした霧が動いていくムーブマンをとらえている。 松のあるものはかくれたかと思えば突然近くからあらわれて、すべて霧によって遠近感がさだかではない。自然のまことに不可思議な現象をこれほどよくとらえられた作は少なく、これは水墨画のみが出来るわざである。


 私が初めてこの絵に触れたのは、おそらくNHK教育テレビの“日曜美術館ーアートシーン”であったと思う。この絵以外にも、テレビで観たことがきっかけで現物と対面し、感激したことが少なくない。


テレビで観てすごいと感じたが、なかなか本物にお目にかかる機会は訪れなかった。何しろ国宝である。所蔵している東京國立博物館が、この絵を一般公開するのは、本当に限られた期間で、こまめに情報チェックして、かつ早めに上京計画を立てないといけない。

しかし数年前についにその機会が訪れた。黒山の人だかりの合間から絵と対峙する。想像どおりの素晴らしさだった。こういう時、いいか悪いかは、瞬間的に決まる。胸のつかえがとれる、胸の中が空っぽになって、心地良い涼風が吹き渡る。


 様々な角度から眺めているうちに、音楽が聴こえてきた。小林洋子トリオが2000年に録音した“ LITTLE THINGS”の“霜枯れ時の”という曲であった。


 作者の長谷川等伯は、早朝の風景を見つめている。霧、松、風、生き物の気配、それらが織りなすタペストリーに心打たれ、すぐさま襖紙を急いで用意し、墨を刷り、一気に筆を振う。 等伯が描き始めたところで、ピアノソロからトリオの演奏に移っていく。 ドラムは風、ベースは生き物の気配を表し、ピアノを弾く手は、筆使いの手の映像に重なる。音に微妙な強弱を施しながらたゆたうタッチで爪弾く小林洋子のピアノが、濃淡や線の強弱を瞬間的に判断し一気に描き上げる等伯のストロークにシンクロする。


あっという間に絵は完成する。完成する頃には、霧は晴れ松林は徐々に全貌を現し、“霜枯れ時の”の曲も終わる。これが私の妄想映像である。


これ以降、私には“霜枯れ時の”は、松林図屏風のテーマ曲である。まるでこの絵にインスパイアされて、この曲ができたのではないかと邪推してしまうほどだ。


この曲がアルバムの最後を飾る“LITTLE THINGS”のアルバムは、今聴いても日本のジャズ界が誇れる名盤だと、私は思う。彼女のたゆたうタッチで一音一音が細い糸で繋がっているように弾く音群が、オリジナル曲にマッチして、水墨画的世界を見事に醸し出しているのだ。 (ただしこのアルバムは廃盤で、Amazonでは中古盤が3万円!の値が付いていた!!)


一般的にピアノという楽器は、強く鋭いアタックで速弾きをするのが称賛されることが多いのではないか?私もその手のピアニストで好きな方がいるのは確かだが、それが全てではないのだ。


 最近私は知ったのだが、小林洋子さんは、ピアニストの職業病とも言えるジストニアに罹患し、長い休養とリハビリ後に、昨年第一線に復帰された。


 実はこの1月12日、私は初めて彼女のライブを聴く機会を得た。ベーシスト吉野弘志氏とのデュオコンサートであったが、あの印象的なタッチが健在なのを確認できて、非常に嬉しかった。今後の活躍を期待したい。


木山茂

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