「懐かしい」という表現が一番近いのか.......。
懐かしいとは思うけれど、もちろんその頃に戻りたいという気持ちもなく、その懐かしさを感じている今が何故だかとても心地よい。
音楽に関して、自分がどれだけのことができるようになってるんだろう?と想像する将来が楽しみで、ああでもないこうでもないと一生懸命になっていた頃と、
リハビリではなく「練習」というものが再び出来るようになった今の心の内は全く同じだ。心の状態があの頃と同じで奇妙なんだけれど懐かしい。
一つだけ違うのは、その想像する将来の長さがぐっと短くなっただけのこと。
そしてもう一つ短くなったことは、練習も含め、アレンジしたり作曲したり、集中して音楽と向き合う時間がぐっと短くなったことだ。
そのため、しょっちゅう休憩を挟まなくてはならない。
それでも音楽に関していろんなことが出来る時間があればあるほど、一日の始まりはワクワクしている。
いい歳してこんなことでいいのかと不安にもなるけれど、楽しいんだから仕方がない。
気持ちが安定していて落ち着いているから、おそらく良いことなんだと思うようにしている。
一生懸命になれることがいくつになっても存在しているのはありがたいことだ。
自分が好きになれなくて、何の自信もなくて、ただ音楽に向かっている時だけは嫌いな自分を忘れられる、みたいなところがあって、
音楽に向かうことは現実逃避なのかと疑いたくもなる。
疑うということはやはり自信がないのだろう。
自分自身のことが大好きな人っているけれど、そんな人を見ていると眩しく羨ましいなぁって思う.......あ!ちょっと話が逸れてしまった。
そう、懐かしさのこと。
このところ特にその懐かしさを感じる出来事がちょこちょこある。何なんだろう、あの頃が廻り回ってまたやって来たとでもいうのだろうか。
「練習」というものに再会出来たことももちろんあるけれど、それに加えてまず今年の夏には、アルバム「LITTLE THINGS」bass吉野弘志 drums堀越彰(2000年release)が今頃になって再び皆さまのお手に届くことになり、ジャケットデータがないため、私がデザインすることになった。吉野・堀越両氏に連絡を取り、2000年頃の写真を送っていただいたり、コメントをもらったりしながらの作業の中で、私はもうすっかり2000年より前に居た。
そして20数年ぶりに3人が結集し、ライブを行うことに相成り、必然的に収録曲の譜面を引っ張りだし、その譜面はまるでぺんぺん草が生えてるのかって感じだったけれど、ああでもないこうでもないとちょっと弾いてみたりして手直ししたりする。
そうするとまたまた懐かしさがこみ上げてきて奇妙な気持ちになる。
とても親しかった(オリジナル曲という)友達に再会したような気持ちだ。その曲を書いた当時の思いや状況もぼんやりと思い起こされる。
とても不思議な変な感覚だ。
この譜面たちを引っ張り出すことになろうとはこれっぽっちも思っていなかった。
人生って不思議だなぁって思う瞬間。
このTRIO(吉野弘志cb 堀越 彰ds)での活動は1990年代から、bassist吉野弘志さんとは1980年代後半からご一緒させていただき、
全てオリジナル曲でライブ構成し始めたこの頃は、私の音楽活動においてとても貴重な時期であり、その先創作していく上でも、建築物で言うならば土台のようなものが作られたと思っている。
2002~2003年頃、このTRIOでの活動を終えたと記憶しているが、先月の20年ぶりの3人でのリハーサルでは、一気に20年の空白を埋めてくれているようだった。
吉野さんとは、私の2018年の復帰後、何度かご一緒させていただき、デュオアルバム「Turn Circle」もreleaseされているけれど、3人が揃っての音だしはまた感慨もひとしおだ。
pick up した曲は収録曲10曲+アルバムから漏れた2曲の計12曲。内11曲は、TRIO終了と同時に封印していた曲だ。
今、そんな曲と向かい合う中、曲たちは20数年前、私は今、と分離しているような感覚だったけれど、テーマだけ何度も弾きこんでいくうちに、曲は2023年まで歩み寄ってきてくれつつある。
いや、私の方から「今」に引き寄せる作業だ。
これがなかなか面白い。
この再演企画が生まれなければ、こんな変な面白さを経験することもなかっただろう。
そして思う。「20年の時を経て、甦る艶一夜」が終わるころには、曲はおそらくまた2000年以前に戻っていくんだろうなって。
そんな気がしている。今回演奏する曲は、このTRIO以外で演奏することはないだろう。今までもそうだったように。
そんなフワフワとタイムトラベル気分の日々の中で、一層それを甚だしくさせる複雑な気持ちにさせられたのが、映画「白鍵と黒鍵の間に」だった。
きっと、私もずっと以前に見たことのあるような絵がたくさん目の前に現れたからなんだと思う。
読んだ本の内容はいったん忘れて足を運んでいた。
内容が面白いとか興味深いとか、そんなことはもうどうでもよくなっていた。
何故なら、冒頭から当時(風)の銀座の街中が映し出されたとたん心臓がバクバクし出した。
そして、映像には映っていないけれど、お醤油ベースの甘辛たれを付けて焼いたお餅の匂いがしてきた、そんな気がした。
バブルを経験している人、仕事がほとんど夜の人、ミュージシャンもそうだ、そんな人たちは覚えていると思うけれど、
夜中に銀座の街に出ていたお醤油の香ばしい香り漂うお餅に海苔を巻いて売ってる屋台、深夜に仕事終わりのホステスさん(らしき人)とそのお客さん(らしき人)がそのお餅を買う光景をよく見かけたものだ。決めつけは良くないので、一応(らしき人)と記しているけれど、正直誰が見たってそんな感じだ。
私がバブル絶頂期の銀座・赤坂・六本木辺りの真夜中の街並みを全く知らないわけではないから、映画の冒頭から懐かしい複雑な気持ちになり、画面にくぎ付けになってしまった。
ただでさえフワフワとタイムトラベル状態だったのに、これで一層甚だしくなる。
映画の内容はよく覚えていない。本の方を耽読しているので良しとする。ただ聴こえてくる音楽が全て素晴らしく、みんなで協力し合ってデモテープを録音するシーンは特に感動的で目頭が熱くなるほどだった。シーンに感動したというより、音楽の素晴らしさによってそのシーンは成り立っており、私は耳を凝らしていた。
上映時間は約一時間半、終了後は、どうしてももう一度観たい気持ちにかられ、誰にも言っていないけれど、実は私はこの映画を二度観ている(暴露)。
何故だか自分でも良く分からない。
走馬灯に映る影のように、私の中でいろんな記憶が脳裏に現れては過ぎ去っていく様が、とても心地良かったのか。
それが楽しい記憶にしろ嫌な記憶にしろ、きっと心地よかったのだ。
私がトラ(エキストラ)で急遽頼まれて行った演奏先での昭和の出来事、ある大御所演歌歌手に公演の専属ピアニストをお願いされ、条件まで提示されひっくり返りそうになったが、
丁寧にお断りするための言葉を、ただでさえ軽い脳みそをその瞬間これでもかというくらいにフル回転させ考えたこと、
そしてあの世界の王さんやMr. George Bensonにリクエストをいただいた時の、「今いったい何が起きているの?」という別の意味で脳みそをフル回転させたこと、
きっとその時私のそのただでさえ軽い脳みそを使い切ったかと思うほど、今は超スローで物事考える人間に出来上がったんではなかろうかと推測する。私も若かった。
それ以降だ、友人たちと楽しい会話をしていても、私はその内容は聞いていなくて、聞こえてくる言葉はメロディーやリズムとなり、頭の中で曲が出来上がっていた。話を聞いていないなんて、お陰で顰蹙を買ったものだ笑
そんなすっかり忘れていた出来事が、この映画を観ていて急に思い返されるなど、不思議な2023年だった。
きっと、ここでいったんちょっとだけ振り返ってみて、先に進みましょうってことなのかなって勝手に分析する。
話は戻るけれども、「20年の時を経て、甦る艶一夜」で演奏する曲たちは、1980年代後半から1990年代にできた曲ばかり。
そしてトリオ終了と共に封印していた曲たち。今回は、この曲たちを今に引っ張り出したいと思っている。
そしてそれが実現しつつある。この貴重な体験に感謝したい。
それにしても、私は何故、映画「白鍵と黒鍵の間に」を2回も観たのだろう.......
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「20年の時を経て、甦る艶一夜」
小林洋子pf 吉野弘志cb 堀越 彰ds
ご予約をお勧めいたします。
♦2023.12.28(木)祐天寺FJ's
♦2024.01.06(土) 表参道ZIMAGINE
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