単線の途中で
- yoko kobayashi
- 9 時間前
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茅ヶ崎駅から相模線に乗る。
この電車は単線の4両編成で、ボタンを押してドアを開け閉めする、何ともアニメに登場しそうな雰囲気がある。
最初は、「単線」という言葉の意味が分からず、同じくホームに立つ優しそうな女性に聞いたことがあったっけ。
要するに、線路が一本しかなく、駅と駅の途中で電車が鉢合うことはないらしい。
だからかどうかは分からないけれど、時間帯によっては電車は1時間に2本しか来ないようだ。
少し緊張してドア横のボタンを押す。これがほんとにドアが開く。
乗ったら内側のボタンを押してドアを閉める。
なるほど、寒い日は暖房で温かくなった車内の温度は下がらず、暑い日は冷房で冷えた車内の温度が上がらない。
相模線初体験の時は、少々ハラハラしたものだった。
車窓から見る景色は、昔懐かしいのどかさのオンパレード。
子供の頃の様々なシーンが、シャッターを切るように現れては消えた。
小学生の時、ぶら下がり移動をしていて手すりから手が離れ、胸から地面に落ち、呼吸ができなくなり「おかぁさ~ん、助けて~!」と心で叫んだ後、意識をなくしたこと。
中学の時、ソフトボールをクラスでやっていて、その日はキャッチャーをやらされ、バッターがヒットを打った後、そのバットが私の顔面めがけて飛んできて、意識をなくして救急車で運ばれたこと。
学校が休みの日に庭でゴルフのスイング練習をしていたら、右上に振り上げたドライバーが、家に遊びに来ていた同級生の男の子の顔面に直撃し、真っ青になったこと。これは私が加害者なので、両親にこっ酷く叱られた。
なぜか、痛い記憶ばかりがフラッシュバックする。
痛い記憶だけれど、どれも大したことにはならなかったためか、幼い頃ののどかな瞬間として思い出された。
ぶら下がり移動にしても、ソフトボールやゴルフにしても、手のグリップが重要になる運動は、私がピアノを習い始めた頃から、
「禁止」とまではいかなくても、なるべく避けるように言われていた。
腕や手の筋肉を使った直後は、10本の指をそれぞれ独立させて動かしにくくなるからだ。
子供の頃のあの“痛い記憶”のいくつかは、
そうした制約のすぐそばにあったような気もする。
そうこうしているうちに、宮山という駅に着く。今日(1/27)は昨日までと打って変わって、日向を歩いているとコートがいらない位のポカポカ陽気だった。
小さい頃は、「何でこんなに寒いのに、真夜中の真っ暗な中、みんな神社に行くのかなぁ?」と、全く興味がなかった初詣に、自ら行き出して数年が経つ。
この寒川神社の鳥居をくぐると、いつも背中にスーッと風を感じる。気のせいなのだろうかと、毎回思う。
今年はいい年になりそうな、うっすらとした予感がして、ここに来ると、そんな一年が静かに幕を開けていくような空気を感じた。
「今は力を蓄えて、明日に備える時ですよ」と、「吉」のおみくじは言っていた。
「悠々として急げ」。その“急ぐ”のは、今は精神活動の方が主となっている。
音もまた、鳴らす前に十分な沈黙を必要とする。
直感ですぐ行動に移すことが、100%理想的に進むとは限らない。もちろん過去に選択を誤ったこともある。
目の前に与えられた音楽の場を、一つ一つ大事にやってきたのが今までの私だったけれど、
もちろんそれも基盤にありながら、今年一年をどう生きるかという大凡の計画を立てることができたのは、今年が初めてのことのように思う。
今年は、今まで続けてきた二つのユニット(双頭Tone Momentum 、The DREI)を、さらに深く掘り下げていきたいという思いがある。
カルテットTEAM TUCKSは6年目を迎えることが出来なかったけれど、恐らく今年中にはアルバムも完成するだろう。音源を聴いてピックアップした8曲はどれもメンバー皆の多田誠司さんへの思いが詰まっていて、しかしアルバムに収まり切れず、更なる選択をしなければならない嬉しい悲鳴さえあげている。
そして人生で最初で最後になるであろう5人編成のUNITを、今年半ば辺りから始動する予定だ。
この現状は、私にとっては奇跡のような重なりで、気がつくと、とてつもなく大きな感謝の気持ちを抱えている。
奇跡の途中で終わってしまったけれど、saxophonist多田誠司さんにも然り。
自己UNIT以外にも現在共演して下さっているミュージシャン、場所を提供して下さるライブハウスのオーナーやスタッフの方々。
もちろん、会場に足を運んで下さる
オーディエンスの方々にも。
いくつになっても、ワクワクして生きられるのは、とても幸せなことだ。
人生も音楽も、まだ続きがあると思えることが、何より嬉しい。




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