タイムカプセルを、開けてみた
更新日:3 日前
これは、今月9/26に今年最後のTone Momentumライブを行うにあたり、今、結成から3年経った頃に記したblogを紐解いて、現在の思いも加え、改めて残しておこうと思った記事です。
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その日の仕事場に向かった。
膨大な敷地に、ピッカピカの専門学校の校舎がそびえ立っていた。
recording engineerを目指す学生さんたちが通う学校だったと思う。八王子あたりだったと記憶しています。
大学なら卒論、音大の器楽科などなら卒演。
では、音響関係の専門学校生が卒業試験で生演奏を録音することを、何というのだろう?
「卒録」?
……と言うのかどうかは分からないけれど(笑)、その録音される側の仕事で、当時の音楽仲間が集まった。
私は確か2日間、そこへ出かけていったのだったと思う。
その中に、一人だけ、お名前は知っているけれど共演したことのない人がいた。
津上研太さん。
(別の日のフロントは竹内直さんだったような気がする。)
昔々の話だ。
「あ~、あの人が津上研太さんかぁ」
向こうから歩いてくる研太さんを見ながら、そう思ったことを今でも覚えている。
今からは想像もつかないかもしれないけれど、その時の彼を見て、
「きっとこの人、人見知りなんだな」
と、その表情から勝手に読み取った。
ひゃー、皆さん、ぴっかぴかのミュージシャンでしたよ。
何曲かquartetやquintetで演奏したけれど、何を演ったのかは全く覚えていない。
他のメンバーが誰だったのかも、もう思い出せない。
ただ、津上研太さんがいて、他の皆もピッカピカのミュージシャンだったこと。
そして、普段かなり乱雑に扱われているのであろう、小さめのベーゼンドルファーの脚に亀裂が入っていたこと(泣)。
それから、
「卒録?で、演奏内容(ピアノ)の良し悪しも関係してくるのだろうか……」
という、よく分からない不安だけは覚えている。
音響関係の専門家を育てる学校なのだから、機材はもちろん、楽器も大切に維持していくことまで教育できないで大丈夫なの?
……と、その時は憤慨したものだった。
それはさておき。
自分がバンドで演奏した音を、良い機材で録音し、その場の良い環境でプレイバックしてもらう。
微妙な音色や、細かなタッチまで聴こえてきて、とても勉強になったように思う。
今のように、誰でも簡単に、いつでも録音できる時代ではなかったから。
あの時のengineerの卵さんたちが、無事に卒業できていることを願う。
……なんて、今頃言っても遅すぎるか(笑)。
話が逸れました。
ともあれ。
この日が、「Tone Momentum」のalto sax奏者、津上研太さんとの初対面の日だった。
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それから、どのくらい時間が経ったのか。
津上研太さんをフロントに迎え、quartetで活動していた時期がある。
bass 吉野弘志
drums 堀越彰
今、記憶の端っこをつついてみて、思い出した!
UNIT名は確か、「tasse blanche」とか何とかだったと思う。
オリジナルの「18年のpromenade」を演ったことも、今頃になって思い出す。
こうして長い間眠っている曲を、Tone Momentumで演ってみるのも面白いかもしれない。
……などと、遊び心がむくむく湧いてくる。
ピットインが移転して1年くらい経った頃だったから、いったい何年前のことだろう。
津上研太率いるBOZOが誕生する前の話だ。
当時、研太さんが作ってきた新曲を演奏した。
まだタイトルが付いていないから、私がタイトルを付けてほしいと言われた。
MONK調の節回しの曲だったので、
「MONKの殺し文句」と付けた。
即、却下された(笑)。
その曲も、また演ってみたい。
そして今、ふと思う。
私の眠っているオリジナル曲「オウムのおうむ返し」も、Tone Momentumでできるかもしれない。
……こういうことを考えているだけでも、なかなか楽しい。
残念ながら、この「tasse blanche」は、私がリーダーの資質に欠けに欠けていたため(笑)、1年半くらいの活動で終わりを告げたような気がする。
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そして、さらに長い時間が経った。
私が音楽活動に復帰して、まだ一年ほどしか経っていなかった2019年の秋~冬。
果たして私は、サックスとDUOで演奏できるのだろうか。
そんな自信は、全くなかった。
それでも、
「もう一度、津上研太さんと演奏したい」と思った。
思い切って、DUOでの演奏を依頼した。
まだコロナなんて知らない頃。
その時点でブッキングできたのは、2020年4月。
場所は、新子安しぇりる。
そして、世の中はみるみるうちにコロナ禍となった。
ライブハウスはどこも休業。
キャンセルも相次いだ。
そんな中、しぇりるのまさ子さんがいち早く配信を決断された。
そして迎えた第一回ライブは、皆にとって初めての「無観客配信ライブ」。
今思えば、あの時、妙な一致団結というか、チームワークが出来上がっていたように思う。
私は何もできなかったけれど、まさ子さんと研太さんの力がとても大きかった。
もう、頭が下がる思いだった。
それが、2020年4月17日。
記録によると、そこがTone Momentumの初回ライブだった。
***
あれから6年。
いつの間にか、7年目に入った。
誰も……といっても2人だけれど(笑)、コロナにも罹患せず、一度もキャンセルすることなく続いてきた。
なかなかの最強UNITである。
双頭バンドなので、役割分担もあって、これがまた面白い。
……と言っても、私はライブ告知と動画編集くらいしかできないのだけれど
津上研太さんは、これまで様々なBANDで活動してきた、音楽体験の豊富な人だ。
その引き出しの多さには、今でも驚かされる。
研太さん自身のBANDや、参加しているBANDを聴きに行くこともあったけれど、そこで聴く音と、Tone Momentumで聴く音との間には、時々、全く知らない世界が現れる。
そこが、とても面白い。
目を瞑って聴いていると、
「今、聴こえているのは、本当にTone Momentumのalto sax奏者なのだろうか」と思うような瞬間さえある。
まだまだ、計り知れないものがある。
そして私自身も、Tone Momentumでしか見えない景色がある。
最初に出会ったあの日から、ずいぶん長い時間が流れた。
一度は別々の道を歩き、そしてまた、コロナ禍の真ん中でDUOとして始まった。
それから6年。
昨年はTone Momentum 1st album「PRESENT」をreleaseすることができた。
あの無観客配信ライブからは想像もできないことだった。
今度は、これからは、どんな音が生まれてくるのだろう。
眠っている曲も、まだ見たことのない景色も、少しずつ掘り起こしながら。
7年目のTone Momentum。
これからも、音の中でいろいろな旅をしてみたいと思う。




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