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タイムカプセルを、開けてみた

4 日前
読了時間: 5分

更新日:3 日前

これは、今月9/26に今年最後のTone Momentumライブを行うにあたり、今、結成から3年経った頃に記したblogを紐解いて、現在の思いも加え、改めて残しておこうと思った記事です。


.........................


その日の仕事場に向かった。


膨大な敷地に、ピッカピカの専門学校の校舎がそびえ立っていた。

recording engineerを目指す学生さんたちが通う学校だったと思う。八王子あたりだったと記憶しています。


大学なら卒論、音大の器楽科などなら卒演。

では、音響関係の専門学校生が卒業試験で生演奏を録音することを、何というのだろう?


「卒録」?


……と言うのかどうかは分からないけれど(笑)、その録音される側の仕事で、当時の音楽仲間が集まった。

私は確か2日間、そこへ出かけていったのだったと思う。


その中に、一人だけ、お名前は知っているけれど共演したことのない人がいた。


津上研太さん。


(別の日のフロントは竹内直さんだったような気がする。)


昔々の話だ。

「あ~、あの人が津上研太さんかぁ」

向こうから歩いてくる研太さんを見ながら、そう思ったことを今でも覚えている。


今からは想像もつかないかもしれないけれど、その時の彼を見て、

「きっとこの人、人見知りなんだな」

と、その表情から勝手に読み取った。


ひゃー、皆さん、ぴっかぴかのミュージシャンでしたよ。


何曲かquartetquintetで演奏したけれど、何を演ったのかは全く覚えていない。

他のメンバーが誰だったのかも、もう思い出せない。


ただ、津上研太さんがいて、他の皆もピッカピカのミュージシャンだったこと。


そして、普段かなり乱雑に扱われているのであろう、小さめのベーゼンドルファーの脚に亀裂が入っていたこと(泣)。


それから、


「卒録?で、演奏内容(ピアノ)の良し悪しも関係してくるのだろうか……」

という、よく分からない不安だけは覚えている。


音響関係の専門家を育てる学校なのだから、機材はもちろん、楽器も大切に維持していくことまで教育できないで大丈夫なの?


……と、その時は憤慨したものだった。


それはさておき。


自分がバンドで演奏した音を、良い機材で録音し、その場の良い環境でプレイバックしてもらう。

微妙な音色や、細かなタッチまで聴こえてきて、とても勉強になったように思う。

今のように、誰でも簡単に、いつでも録音できる時代ではなかったから。

あの時のengineerの卵さんたちが、無事に卒業できていることを願う。


……なんて、今頃言っても遅すぎるか(笑)。


話が逸れました。


ともあれ。


この日が、「Tone Momentum」のalto sax奏者、津上研太さんとの初対面の日だった。


***


それから、どのくらい時間が経ったのか。


津上研太さんをフロントに迎え、quartetで活動していた時期がある。


bass 吉野弘志

drums 堀越彰


今、記憶の端っこをつついてみて、思い出した!

UNIT名は確か、「tasse blanche」とか何とかだったと思う。

オリジナルの「18年のpromenade」を演ったことも、今頃になって思い出す。


こうして長い間眠っている曲を、Tone Momentumで演ってみるのも面白いかもしれない。

……などと、遊び心がむくむく湧いてくる。


ピットインが移転して1年くらい経った頃だったから、いったい何年前のことだろう。

津上研太率いるBOZOが誕生する前の話だ。


当時、研太さんが作ってきた新曲を演奏した。

まだタイトルが付いていないから、私がタイトルを付けてほしいと言われた。


MONK調の節回しの曲だったので、

MONKの殺し文句」と付けた。


即、却下された(笑)。


その曲も、また演ってみたい。


そして今、ふと思う。


私の眠っているオリジナル曲「オウムのおうむ返し」も、Tone Momentumでできるかもしれない。


……こういうことを考えているだけでも、なかなか楽しい。


残念ながら、この「tasse blanche」は、私がリーダーの資質に欠けに欠けていたため(笑)、1年半くらいの活動で終わりを告げたような気がする。


***


そして、さらに長い時間が経った。


私が音楽活動に復帰して、まだ一年ほどしか経っていなかった2019年の秋~冬。

果たして私は、サックスとDUOで演奏できるのだろうか。

そんな自信は、全くなかった。


それでも、

「もう一度、津上研太さんと演奏したい」と思った。

思い切って、DUOでの演奏を依頼した。


まだコロナなんて知らない頃。

その時点でブッキングできたのは、20204月。

場所は、新子安しぇりる。


そして、世の中はみるみるうちにコロナ禍となった。

ライブハウスはどこも休業。

キャンセルも相次いだ。


そんな中、しぇりるのまさ子さんがいち早く配信を決断された。

そして迎えた第一回ライブは、皆にとって初めての「無観客配信ライブ」。


今思えば、あの時、妙な一致団結というか、チームワークが出来上がっていたように思う。

私は何もできなかったけれど、まさ子さんと研太さんの力がとても大きかった。

もう、頭が下がる思いだった。


それが、2020417日。


記録によると、そこがTone Momentumの初回ライブだった。


***


あれから6年。


いつの間にか、7年目に入った。


誰も……といっても2人だけれど(笑)、コロナにも罹患せず、一度もキャンセルすることなく続いてきた。

なかなかの最強UNITである。


双頭バンドなので、役割分担もあって、これがまた面白い。

……と言っても、私はライブ告知と動画編集くらいしかできないのだけれど


津上研太さんは、これまで様々なBANDで活動してきた、音楽体験の豊富な人だ。

その引き出しの多さには、今でも驚かされる。


研太さん自身のBANDや、参加しているBANDを聴きに行くこともあったけれど、そこで聴く音と、Tone Momentumで聴く音との間には、時々、全く知らない世界が現れる。


そこが、とても面白い。

目を瞑って聴いていると、


「今、聴こえているのは、本当にTone Momentumalto sax奏者なのだろうか」と思うような瞬間さえある。

まだまだ、計り知れないものがある。


そして私自身も、Tone Momentumでしか見えない景色がある。


最初に出会ったあの日から、ずいぶん長い時間が流れた。

一度は別々の道を歩き、そしてまた、コロナ禍の真ん中でDUOとして始まった。


それから6年。

昨年はTone Momentum 1st albumPRESENT」をreleaseすることができた。

あの無観客配信ライブからは想像もできないことだった。


今度は、これからは、どんな音が生まれてくるのだろう。

眠っている曲も、まだ見たことのない景色も、少しずつ掘り起こしながら。


7年目のTone Momentum

これからも、音の中でいろいろな旅をしてみたいと思う。







 
 
 

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